『捕食者なき世界』(Stolzenburg, William. 野中 香方子[訳]. 文藝春秋, 2010)についてのメモ.
- 「緑の世界」仮説1とは,この世界の陸地が緑2なのは草食動物が全ての植物を食べ尽くすことがないからであり,草食動物がこの世界を土だけの世界に変えてしまわないようにしているのは捕食者である,というもの.
- Paine(1966)3は「その地域の種の多様性は環境の主な要素がひとつの種に独占されるのを捕食者がうまく防いでいるかどうかで決まる」と述べた. さらに,Paine(1969)4は,比較的少数でありながら,それを補って余りある(大きな)影響力を持つ種を「キーストーン種」と名付けた.
- Estes & Plmisano(1974)5は,アリューシャン列島でラッコのいる島と(毛皮ハンターのせいで)ラッコのいなくなった島を調査した. そして,(ケルプ6の)茶色に保たれた海岸は,ラッコがウニを食べ,ウニがケルプを食べ尽くさないようにしている結果である,と述べた.
- 上位の捕食者が消えた場所では,それよりも下位の捕食者7の一団が勢力を伸ばし,10倍にも数を増やして好き勝手をするようになる. このような現象は「中間捕食者の開放」と呼ばれる.
- 中間捕食者開放という筋書きは,開放されて好き放題している中間捕食者をふたたび押さえつけることができれば危機的状況にある種を救えるのではないか,という考えを導く. そして,それはダコダの草原で実証された. 1970年代まで毎年50万頭のコヨーテが殺されていたダコダの大平原では,アカギツネが次から次へとアヒルの巣を空にしていた. 1970年代になって殺されるコヨーテが減り,コヨーテの数が増えた. コヨーテが戻ってきた場所では,巣から無事にヒナが巣立つ確率が平均で15%上昇した.
- イエローストーン国立公園では,1926年にオオカミが撲滅された.
オオカミを駆除して間もなく,ワピチ8が大量発生し,ヤナギ,ハコヤナギ,ポプラなどの若芽を食べ尽くした.
その後40年に渡って,罠をしかけたり,群れを移動させたり,間引をしたりしたが,状況は改善されなかった.
1960年代末になると,ヤナギなどの木々の枯死の原因はワピチの食害ではなく気候変動と山火事のせいであるとして,ワピチの個体数を管理することを放棄し,自然制御にまかせることになった.
自然制御されることになったワピチはかつてない個体密度にまで急増し,イエローストーンの森を飲み込んでいった.
1995年に,絶滅の危機に瀕しているハイイロオオカミの保護と復活を理由として8頭のオオカミがイエローストーン国立公園に放たれ,その後の10年で300頭を超えた. オオカミの導入から3年もたたないうちにコヨーテの数が半分になった. コヨーテが減少すると不安定な状態だったプロングホーンの群れが復活の兆しを見せ始めた.
Ripple & Beschta(2003)9は,イエローストーンのヤナギとハコヤナギがオオカミの導入後に回復しはじめた原因を「恐怖」により説明した. 小さな谷,台地,島,川に突き出した岬のような場所ではヤナギやハコヤナギが回復の兆しを見せはじめていた. いずれも,ワピチが土地の支配者であるオオカミに捕まって殺されるのを恐れる場所である. イエローストーンでは30年に渡ってパークレンジャーが散発的にワピチの間引きを行っていたが,その取り組みがなしえなかったことを,100頭ほどのオオカミがわずか5年でやってのけた原因も「恐怖」で明快に説明される. 1年に数週間,ライフルが火を噴いても,それ以外の時期の川辺はずっと無防備なままだった. しかし,オオカミが見まわるようになってからは,ワピチにとって川沿いの低い土地をうろつくのはいつでも命懸けの行為となった. オオカミが来たからといってワピチが激減したわけではないが,その行動が大きく変わったのである. - 進化の過程で肉食動物がどんな役割を果たしていたにせよ,その抜けた穴は人間のハンターによって充分に埋めることができると考える人もいる. しかしながら,人間のハンターは,より大きく,見栄えが良く,強そうなオス,つまり遺伝子集団の最上の部分を狙う傾向がある. これに対し,肉食動物は効率と自分の安全を考えて,幼いものや年老いたもの,脚が不自由だったり,弱っていたりする獲物を襲う. また,スポーツとしてのハンティングは数週間という狩猟シーズンに集中し,それ以外の時期は被食者にとって安全であり,死肉も食べる動物10にとって,ハンターの行動する狩猟シーズン以外には食糧を見つけにくくなる.
捕食者の存在により,被食者・中間捕食者の数でなく行動が変化することが被食者の急増や中間捕食者の開放を防ぐことにつながっているのではないか,という観点がとても興味深い…
Hairston, Nelson G., Smith, Frederick E. & Slobodkin, Lawrence B. (1960). Community structure, population control and competition. American Naturalist, Vol.94, No.879, pp.421–425. ↩︎
つまり,大部分が植物に覆われている. ↩︎
Paine Robert T. (1966). Food Web Complexity and Species Diversity. The American Naturalist, Vol.100, No.910, pp. 65–75. ↩︎
Paine Robert T. (1969). A Note on Trophic Complexity and Community Stability. The American Naturalist, Vol.103, No.929, pp.91–93. ↩︎
Estes, James A. & Palmisano, John F. (1974). Sea otters: Their role in structuring nearshore communities, Science, Vol.185, pp.1058–1060. ↩︎
コンブ,ワカメ,ヒジキなど褐藻類の総称. ↩︎
中間捕食者 ↩︎
大型のシカ ↩︎
Ripple, William J. & Beschta, Robert L. (2003). Wolf reintroduction, predation risk, and cottonwood recovery in Yellowstone National Park. Forest Ecology and Management, Vol.184, pp.299–313. ↩︎
例えば,ハイイログマ. ↩︎