最新脳科学で読み解く 脳のしくみ』(Aamodt, Sandra & Wang, Sam. 三橋 智子[訳]. 東洋経済新報社, 2009)についてのメモ.

  • 論理的思考にはかなりの労力を要するので,強く指示されないと論理的思考をやらないことが多い. 例えば「バットとボールは合計で110円.バットはボールよりも100円高い.ボールは幾ら?」という質問に「10円」と答えてしまう人が多い1
  • 「人間は脳の能力の10%しか使っていない」というのは間違い.この「10%神話」を言い出したのはデール・カーネギー(Carnegie, Dale Breckenridge)で,彼はこの説を近代心理学の生みの親と言われるウィリアム・ジェームス(James, William)のものだとしているが,ジェームスの著作や講演に10%という数字はひとつも出てこない.
  • 「幼児にクラシック音楽を(聴|聞)かせると知能が良くなる」という科学的証拠はない. これは,モーツァルトを聴かせたら大学生の空間推論能力が向上したという報告2が,米国でベストセラーになった"The Mozart Effect: Tapping the Power of Music to Heal the Body, Strengthen the Mind, and Unlock the Creative Spirit"(Campbell, Don. William Morrow, 1997)や新聞・雑誌・書籍などで取りあげられるうちに,被験者の大学生が子供・幼児に置き換えられてきた. しかしながら,別の研究者たちによる大学生に対する追試では,その結果が再現されることはなかった.
  • 「フリン効果」とは,ジェームス・R・フリン(Flynn, James R.)が指摘した現象である. フリンは世界20ヵ国の長期にわたる標準知能テストの成績を調べ,どの国においても後から生まれた人のほうが確実に平均点が高いことに気づいた. 時代とともに知能指数が変わることは,知能テストが純粋な生まれもった能力を測るだけではなく,ある人が育つ環境も記録していることを示している. ところが,フリン効果が横ばい状態になってきたことを示すデータも出てきている. その原因は「環境の影響により脳の発達は限定されうるが,それは資源が乏しい場合に限る」ためかもしれない. この考えは,スペインにおける30年の調査において,知能テストの得点が低い子供の成績が上昇しているのに上位の子供たちの成績がほとんど上昇していないことによっても裏付けられる. また,アメリカにおける複数の調査においても,生活水準が低いと学業成績は学校で利用できる教育資源と関連があり,生活水準が高いと遺伝的要因や家庭環境とより強く関連している,ということが示されている.
  • 自閉症の原因はまだよくわかっていない.ただ,とても強い遺伝的要素を持った脳の発達障碍であることはわかっている.遺伝の影響は大きいが,単独の「自閉症遺伝子」のようなものは発見されておらず,科学者は2〜20個の遺伝子が影響していると考えている.

変な「◯◯脳」本を読むよりも,この本を読んだほうが脳のために良い :-)


  1. 正解は5円. ↩︎

  2. Rauscher, Frances H., Shaw, Gordon L., & Ky, Catherine N. “Music and spatial task performance”, Nature 365, 611, 1993. ↩︎