ヤバい経済学 — 悪ガキ教授が世の裏側を探検する』(Levitt, Steaven D. & Dobner, Stephen J. 望月 衛[訳]. 東洋経済新報社, 2006)についてのメモ.

  • 経済学は突き詰めるとインセンティブの学問である.

  • インセンティブの味付けは基本的に,経済的,社会的,道徳的の3つである. インセンティブの仕組みひとつがそれら3つを兼ね備えていることもある.

  • インセンティブの仕組みを誰かが考え出す度に,作った人よりも一所懸命に仕組みの裏をかこうとする人が出てくる. インチキは「出すものは少なく,貰うものは多く」という経済の基本原理に基づく行動である.

  • 誰でもインチキする可能性があるという例

    • 1987年の春,アメリカで700万人の子供(当時の扶養対象の子供の数の1/10)が突然消えた(?)ことがある. これは,それまでは税金の申告に扶養している子供の名前を列挙すれば良かったのに,子供の社会保証番号を記入しなければならなくなったためである.
  • 相撲の取組をインセンティブの観点からみる

    • 力士に取って勝ち越しは番付(経済的・社会的インセンティブ)がかかっているので重要である. そこで,千秋楽で7勝7敗の力士の千秋楽での勝率を見ると,当該場所で8勝6敗の力士に対して79.6%,同9勝5敗の力士に対して73.4%である. ところが過去の成績からは,それぞれの力士に対する期待勝率は48.7%, 47.2%である. さらに,同じ力士同士1が次の場所で勝ち越しがかかっていない場合では,7勝7敗の力士の勝率は40%である. この(不自然な)勝率の変動は,力士間で何らかの取り引きがあることを疑わせる.
  • アメリカで1989年までの15年間で凶悪犯罪が80%も増えた後,急激に犯罪発生率が減少した. その原因として,まず好景気があげられる. しかし,1960年代に急激に好景気になったのに犯罪率も急激に延びたことが,景気と(暴力)犯罪の間に何の関係もないとこを示している.
    次に原因としてあげられるのは,刑罰の強化である. 暴力犯罪が増加し始めた1960年代,司法が寛大になり有罪判決の比率と懲役期間が短くなっている. つまり,犯罪に対するインセンティブがあがった2ので犯罪が増加した. その後,方針が変わり刑罰が強化され,1980年から2000年までに麻薬犯罪で刑務所に送られる人数は15倍になり,暴力犯罪に対する懲役も長くなった. そして,それにともない犯罪率も低下した. つまり,刑罰の強化は犯罪の減少をうまく説明できる. ただし,犯罪者は自分で刑務所に入るわけではないから投獄率を上げるには警官を増やす必要がある. 1965年から1980年にかけてアメリカの警官の数は犯罪数に対して相対的に50%以上減少した. これも,犯罪者に正のインセンティブを与えた. その後,1990年になって警官が増員され,それに伴って犯罪が減少した.
    ニューヨーク市における割れ窓理論をもとにした取締り方法の変化が犯罪減少の原因としてあげられることもあるが,それがニューヨーク市に導入された1994年より前の1990年からすでに犯罪は減少し始めている. さらにそのような方針を用いずに警官を増員したアメリカの別の市でも,ニューヨーク市と同じように犯罪が減少していること,ニューヨーク市が1991年から2001年までに警官数を45%増やしていることから,取り締まり方法の変化よりも警官の増員のほうが犯罪数減少に効果があるといえる.
    1990年代に(アメリカで)犯罪が劇的に減少したのは,1973年の連邦最高裁判決による人工中絶の合法化が原因である. これが相関ではなく因果だと言えるのは,1970年代に中絶率が高かった州ではそうでない州に比べて1990年代に犯罪が大幅に減少していること,判決以前に先行して中絶を合法化した州では判決後に合法化した州よりも犯罪率の低下も先行していること,中絶率が高い州での犯罪の減少が中絶合法化以降の世代で起きていること,などによる.

  • 1990年代後半,アメリカ教育省は「初等教育の縦断的研究(ECLS: the Early Childhood Longitudinal Study)」と呼ばれる調査を行った.これにより2万人以上の子供の幼稚園から5年生までの勉強の進み具合と,人種,性別,家族構成,社会・経済的状況,両親の教育水準,親(や教師)との面接結果などのデータが得られる.このデータから子供の学校の成績と相関があるのは,

    • 親の教育水準3
    • 親の社会・経済的地位4
    • 母親が最初の子供を生んだときに30歳以上だった5
    • 生まれたときに未熟児6
    • 親が家で英語を話す7
    • 養子である8
    • 親がPTA活動をしている9
    • 家に本がたくさんある10

    であり,子供の成績との相関が無いのは,

    • 家族関係が保たれている
    • 最近より良い界隈に引っ越した
    • その子が生まれてから幼稚園に入るまで母親は仕事に就かなかった
    • ヘッドスタート・プログラムに参加した11
    • 親はその子をよく美術館に連れて行く
    • よく親にぶたれる
    • テレビをよく見る
    • ほとんど毎日親が本を読んでくれる

    ということがわかる.
    オーバーな言い方では,子供の成績と相関があるのは「親がどんな人か」であり,子供の成績と相関が無いのは「親が何をするか」である.

  • 1961年以降にカリフォルニア州で生まれた子供の1600万件のデータの分析から,子供の名前と親の社会・経済的地位には相関がある. ただし,時代とともに高所得・高学歴の親の間で流行った子供の名前が,次第に社会・経済的地位の低い親の子供に付けられるようになる. また,セレブの影響は少なく12,近所の裕福な家庭の子供の名前が付けているようだ.

これが経済学なのかという気はするけど,分析対象の選択が面白い…


  1. 千秋楽で7勝7敗と8勝6敗だった力士. ↩︎

  2. 有罪になる可能性は低いし,もし捕まっても懲役期間が短い. ↩︎

  3. 親の教育水準が高いと子供の成績が良い. ↩︎

  4. 親の社会・経済的地位が高いと子供の成績が良い. ↩︎

  5. 母親が最初の子供を生んだときに30歳以上である家庭の子供は成績が良い. ↩︎

  6. 生まれたときの体重の軽い子供は成績が悪い. ↩︎

  7. 親が家で英語を話す家庭の子供はそうでない家庭の子供に比べて成績が良い. ↩︎

  8. 養子は実子に比べて成績が悪い. ↩︎

  9. 親がPTA活動をしている子供は成績が良い. ↩︎

  10. 家に本がたくさんある子は成績が良い. ↩︎

  11. 「ヘッドスタート・プログラム」とは,連邦政府による学校入学前の教育プログラム. ↩︎

  12. 「マドンナ」は,カリフォルニアに10人もいない. ↩︎