『地球と一緒に頭も冷やせ! — 温暖化問題を問い直す』(Lomborg, Bjorn. 山形 浩生[訳]. ソフトバンク・クリエイティブ, 2008)についてのメモ.
- ホッキョクグマは減っていない. 個体数が減っているのは特定地域のいくつか群れだけであり,他の多くの群れではむしろ個体数は増えている. そして,全体として個体数は安定している. というか,毎年,世界で300〜500頭が射殺されている. ホッキョクグマの個体数を安定させたい1のなら,温暖化対策よりも射殺を禁止したほうが賢明だし,安上がりである.
 - 2007年のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)による地球温暖化の予想では,現状維持シナリオで2100年には平均気温が約2.6度上昇するとされている. しかしながら,全ての場所が同じように現在から2.6度気温が上昇するわけではない. 日中や夏の気温上昇よりも夜間や冬の気温上昇が大きく,熱帯地方の気温上昇よりも温帯や極地の気温上昇が大きい. これにより,(2003年のヨーロッパで起きたような)熱波現象は増えるが寒波現象は減る. ヨーロッパでは毎年約150万人が「寒さ」のせいで死んでおり,「暑さ」による死者20万人の7倍以上である. そして,「英国では,2度の上昇で暑さによる死者は2000人上昇し,寒さによる死者は2万人減少する」といった予測2もある. つまり,地球が温暖化したほうが死者は減る. これは,英国だけでなく世界全体を考えても同じである.
 - 全ての国が京都議定書のとおりにCO2排出を削減すると,2100年に平均気温は1990年から2.42度「上昇」すると予測されている. 一方,何もしないと平均気温は2.6度上昇すると予測されている. その差は0.18度である.
 - 京都議定書の排出量維持にかかるコストは,全世界で年間1800億ドルと予測されている.
 - WHOの2000年における世界の死因算定で気候変動によるものは,年間15万人に過ぎない. これに対して,栄養失調では年間4000万人,HIV/AIDSでは年間300万人,ビタミン・ミネラル不足では年間200万人以上,(きれいな)飲料水不足では年間200万人以上が,それぞれ死亡していると推定されている. Copenhagen Consensus 2004における経済学者3へのアンケートでも,HIV/AIDS・伝染病・栄養失調対策などは,かけた費用以上の社会的利益があると評価されたが,気候対策はそうではなかった. これは,経済学者だけではなく,各種分野の大学院生(7割は発展途上国出身)に対するアンケートでも同じような結果となった.
 - 国連の予測では,2100年の発展途上国の平均的な人物は現在のアメリカ人よりも豊かになる. 温暖化対策で100年後の豊かな人を救うよりも,今,苦しんでいる人のためにHIV/AIDS・伝染病・栄養失調対策にコストをかけたほうが良い.
 - 国連の2007年報告では,21世紀末までにあと約29cm海面が上昇すると予測している. そして,過去100年で海面が平均で10〜20cm上昇したとされている4. この程度の海面上昇は過去150年くらいのものと変わらない. そして,(少なくとも)過去150年の間,海面は上昇し続けているのに失われた土地はほとんどない. その理由は,土地の価値が保護の費用よりも高いからである. 国が豊かになり人口が増加すれば,土地が希少になり価値があがる. 地球温暖化対策による海面上昇を抑えるよりも,そこに住む人達を豊かにする政策をとるほうが賢明で安上がりである.
 - マラリアは16世紀から17世紀にかけてイギリス,オランドなど北部ヨーロッパの慢性伝染病だった. 先進国においてマラリアが根絶できたのは,治療薬が入手しやすくなったこと,栄養・衛生状態の改善など複数の要因によるものである. 1990年には世界で44億人がマラリアのリスクにさらされていた. 地球温暖化がない場合,2085年には88億人がリスクにさらされると予測されている5. そして,地球温暖化がある場合の予想は91億人である. その差は3億人. つまり,地球温暖化を完全に止めることができたとしても,マラリアのリスクを3.2%しか減らせない. 一方,毎年30億ドル(京都議定書レベルの年間コスト1800億ドルの2%)をマラリア対策に費すと,10年間でマラリアを半減できる.
 - (以下,水不足や貧困などについても温暖化対策による改善ともっと直接的な支援などによる改善との効果やコストの比較が行われているが,中略)
 - 筆者(Lomborg)の提案: 1980年以降,先進国のエネルギー向けの研究開発費は減少している. CO2削減のためではなく再生可能エネルギーやエネルギー効率を向上させるための長期的研究に費すべきである. 例えば,GDPの0.05%を使うことにすると,研究開発費は今の10倍になるが,それでも京都議定書の1/7しかかからない.
 
筆者は地球温暖化が嘘だとは言っていない. ただ,一部の人達が地球温暖化の影響を大げさに騒ぎたてていることについては指摘している. 本書内で繰り返される「今後40年で,ぼくたちは何を実現したいんだろうか?」という問の答6を実現するためには,限られたコストをどのように配分したら最も効果が得られるのかについて,冷静に議論すべきなのだろう…
実際は,すでに安定しているみたいなのだけど… ↩︎
Keatinge, W. R. & Donaldson, G. C. The Impact of Global Warming on Health and Mortality. Southern Medical Journal, 97(11), pp.1093–1099, 2004. ↩︎
ノーベル経済学賞受賞者も含まれる. ↩︎
Woodworth, P.L. & Player, R. The Permanent Service for Mean Sea Level: An Update to the 21st Century. Journal of Coastal Research, 19, pp.287–295, 2003. ↩︎
Arnell, N. W. et al. The Consequences of CO2 Stabilisation for the Impacts of Climate Change. Climatic Change, 53, pp.413-446, 2002. ↩︎
「人がどれだけ死んでも,とにかく地球が温暖化しなければ良いんです」では無いはず… ↩︎