『ムダと一緒に捨てたもの』(思索の副作用),
こうした状況に危機感を抱いてか、「作家さんからのコンタクトが増えた」という話を美術商の方からよく聞く。「私、どんなものを作ったらいいんでしょう」と聞かれるのだという。「でも、うかつに答えられないんだよね。適当なことを言って『その通りに作ったから買ってくれ』とか言って持ち込まれても困るし。そもそも、美術商にはバイヤーとして商品を選ぶ機能はあっても、製作側にまで踏み込んで行ってプロデュースする機能はないんです」。
大資本を保有するものに「持つものとしての責任」を問わずとも、かつては問屋に限らず社会全体が、大きな組織も小さな組織も身の程に緩衝材としての機能を果たしていたという話を聞いたことがある。例えば、「ツケ」という制度。米屋も乾物屋も支払いは盆暮の年2回だった。資金が底をついても、半年間は何とか食べるだけは食べていけたのである。
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手付金などという、職人さんたちにはありがたい制度もかつてはあった。特に注文製作の場合は、必ず半金程度を発注時に支払うのが習慣になっていたのだという。
そういえば,私が子供の頃はガソリンをツケで入れていた記憶がある.
ツケの慣習が廃れるにしたがってサラ金が台頭してきたという印象があるけど,きちんとしたデータで検証できる1のかな?
古い記憶はかなり曖昧なので検証が必要. ↩︎