CVE-2013-1493 (Oracle Java)
『Oracle Java の脆弱性対策について(CVE-2013-1493)』(情報処理推進機構),既に、当該脆弱性を悪用した攻撃が確認されているとの情報があるため、至急、修正プログラムを適用して下さい。ここのところ,脆弱性の発見と修正が頻繁だ…
『Oracle Java の脆弱性対策について(CVE-2013-1493)』(情報処理推進機構),既に、当該脆弱性を悪用した攻撃が確認されているとの情報があるため、至急、修正プログラムを適用して下さい。ここのところ,脆弱性の発見と修正が頻繁だ…
『脳地図の完全解明を目指す、オバマ大統領肝煎りの重要プロジェクト』(WIRED.jp),ヨーロッパのHuman Brain Project(12億ユーロをかけて開発される人工脳:日本語版記事)が脳科学版のCERNと呼ばれているならば、オバマ大統領の肝煎りで進められているアメリカ版の類似のプロジェクト(一部のみではあるが)は、『ニューヨーク・タイムズ』が書いているように、かつて遺伝子学の分野で「Human Genome Project」によって行われたのと同じことを、脳科学において目指すものとなっている。 (snip) この野心的なプロジェクトの目標は、脳地図を作成して、アルツハイマー病やパーキンソン病のような脳変性疾患において見られる作用やメカニズムの解明を試みることにあるようだ。新しい治療法の開発に有益な情報のバックグラウンドをつくり出すことも目指すだろう。
“Test your SSDs or risk massive data loss, researchers warn”(InfoWorld),Companies adopting flash-based SSDs as a cornerstone to the data center storage systems are risking “massive data loss” due to power outages, according to a new study titled “Understanding the Robustness of SSDs Under Power Fault” by researchers from the University of Ohio and HP Labs. In exposing 15 SSDs from five different vendors to power loss, researchers found that 13 suffered such failures as bit corruption, metadata corruption, and total device failure. (snip) The researchers’ conclusion: “SSDs offer the promise of vastly higher performance operation; our results show that they do not provide reliable durability under even the simplest of faults: loss of power."
図書館に行って, 『「科学的思考」のレッスン — 学校で教えてくれないサイエンス』(戸田山 和久. NHK出版, 2011) 『時間の正体 — デジャブ・因果論・量子論』(郡司 ペギオ-幸夫. 講談社, 2008) 『ヒューマン・エラー学の視点 — 想定外の罠から脱却するために』(村田 厚生. 現代書館, 2012) 『図説 メイドと執事の文化誌 — 英国家事使用人たちの日常』(Evans, Siân. 村上 リコ[訳]. 原書房, 2012) を借りてきた…
『クライシス・キャラバン — 紛争地における人道援助の真実』(Polman, Linda. 大平 剛[訳]. 東洋経済新報社, 2012)についてのメモ. 世界で最初の人道援助活動家はフローレンス・ナイチンゲール(Nightingale, Florence)とアンリ・デュナン(Dunant, Jean Henri)の2人だが,援助に対するナイチンゲールとデュナンの意見は完全に異なる. ナイチンゲールは,もし交戦中の勢力同士がそれぞれ自分達のために援助を利用するなら,援助はその目的を果たすことができないと確信していた. 一方,デュナンは,どんなことがあろうとも助ける義務があると固く信じていた. デュナンは,ICRC(International Committee of the Red Cross)1創設のためのドナー2になってくれそうな人達に送った計画書に「肢体不自由な人たちの数を減らすことで障碍を持った兵士に年金を支給しなければならない政府の支出を減らせるだろう」と書いた. これに対し,戦争にかかる費用が高くなればなるほどそれだけ早く戦争は終結するというのがナイチンゲールの主張であり,これがデュナンの計画を即座に拒絶した理由だった. 赤十字の「人道原則」を支持する援助団体は,「中立性」(2者のどちらかを優先して協力することがない),「公平性」(純粋に必要に応じて援助を与える),そして「独立性」(地政学的,軍事的,あるいは他の利害とは無関係である)を約束する. デュナンの生きた時代,戦争はまだ戦場で行われ,戦死者と負傷者のほとんどは兵士だった. 現在では,ほとんどの戦争は内戦であり,戦闘は国家の内部にいる民兵,分離主義者,暴徒,反逆者によって行われ,戦死者の9割が一般市民である. 今日,人道主義コミュニティが人間の苦痛を減らそうと活動している場所はイラクやアフガニスタンのような国々であるが,そこでは戦闘状態が混乱し長引いている. 人道主義コミュニティの活動する場所と戦場とは往々にして全く同じ場所だったりするが,それは一般市民がその場所に集まってきて,援助機関の周りに群がるためである. 人道援助活動家は今でもその主義を当然のこととして,場所,時間,対象にかかわらず援助を行う. もし,人道援助活動を行っている場所で,戦闘中の派閥が自分達の利益になるよう,そして敵に不利になるように援助を利用し戦闘を長引かせるとしても,国際NGOはかたくななまでに救済し続けるべきか,あるいはその場を立ち去るべきなのだろうか. 長い目で見れば,どちらの選択肢がより残酷なのだろうか. デュナンとナイチンゲールが直面したジレンマは,今日,差し迫った問題になっている. 冷戦終結前,国際NGOは紛争の中心部まで近づくことができないのが普通で,近寄れても戦闘地帯の周辺の難民キャンプまでであった. ベルリンの壁が崩壊した1989年以降,武力紛争の質が変化し,援助機関の立場も変わった. その頃から,援助機関が被害者に接触する場所や条件を決めるのは現地の紛争当事者になった. 紛争地帯における援助団体の数はその頃から激増した. 例えば,1980年にタイ国境近くのカンボジア難民キャンプで活動していた国際NGOは40程度だったが,1994~95年には旧ユーゴスラビアの紛争に250もの国際NGOがやってきた. UNDP(United Nations Development Programme)3は,国際NGOの総数は37000を上回ると推計している. 一般にUNDPはOECD(Organisation for Economic Co-operation and Development)4に属し,2008年における緊急人道支援は総計112億ドルに達した. さらに,教会,実業家,社交クラブによるキャンペーン,戸別の寄付金募集などの何億ドルもの金がこれに加わる. このため,人道援助の周囲にはあらゆる産業が生まれ,金の流れを追うように団体の行列ができ,大金の分け前を出来るだけ多く手にいれようと人道援助活動地を次々と移動しながら互いに競い合う. 紛争当時者たちにとっても,人道援助機関が提供する資金と物資はビジネス・チャンスに映る. 交戦中のものどうしは,敵にはできるだけ少なく,自分達にはできるだけ多くの資金と物資を手に入れようともくろむ. しかしながら,人道主義者たちは自分達の援助がどれだけ悪用されても赤十字原則を振りかざして,その責任を一切引き受けない. 1994年のルワンダでのジェノサイド後にゴマなど隣国に脱出した難民の列には,ジェノサイドを実行したフツ人による軍隊や過激派市民による民兵組織のメンバーが多数含まれていたが,西欧諸国のテレビ視聴者のほとんどは彼らは殺戮の生存者だと思いこんでいた. ゴマ・キャンプにおいてコレラが発生したことをメディアが大々的に報じたことで,フツ人に対して展開された救済事業は世界で最も資金を多く調達できた人道援助事業となった. 即時の救済基金だけで総額15億ドルが集まり,ドナーはUNCHR(Office of the United Nations High Commissioner for Refugees)5とそれに連携する人道援助機関に一日につき支出額100万ドルを供与した. さらに,私的チャンネルを通じて一日あたり100万ドルが注ぎ込まれた. 当時,8つの国連部局と20を超える援助供与諸国とその組織,外国のドナーに資金援助された多数の現地援助団体だけでなく,250以上の国際NGOがアフリカ大湖沼地域での援助活動に駆けつけたが,250のうち100以上は唯一の活動場所としてゴマを選んでいた. ルワンダからの集団脱出はフツ族の敗走ではなく戦術上の撤退だった. フツの人々とともに,過激派のフツ政府全体も政府軍の共犯者であった民兵組織もゴマへと移転した. ゴマの観光客用ホテルに居を構えたフツ政府は援助機関によって配られる食糧配給の全てに軍隊に支払う「戦争税」を科した. 栄養状態も良く予防接種も受けているキャンプの居住者たちは(今は休息を取っている)新しい兵士の補充源だった. 何千人もの過激派が,国際NGOが運営・計画している食糧・非食糧の配給センターや建築プロジェクト,教育・社会事業での仕事を得た. フツ人のリーダーたちはそれらの給与から手数料を得ていた. 国際NGOが新たな場所で援助活動を開始するための費用は高い. 援助機関はスタッフを補充したり雇い入れなければならないし,道具や装備を持ち込まなければならない. 国際NGOはこうした投資分を取り戻すまで現地で活動を続けなければならないが,一般にこういったことはその土地で新たな契約を勝ち取ることができて,既存の契約を延長することができる場合にのみ可能である. 国際NGOにとって世間の注意を惹くための最高の方法はメディアを利用することである. 援助機関の予算のかなりの割合が「出版と広報」に割かれており,援助ビジネスが成長した1980年代後半,いくつかのNGOでは広報担当に魅力的な若い女性を雇った. 抜け目のない援助機関は報道機関に無料の航空券を提供し,地上では運転手付きの車両と通訳を提供する. 紛争地帯で軍閥や政権は往々にしてその場の思い付きで,援助物資への輸入税,ビザや労働許可のための料金,港湾・空港税,道路税といった税金を国際NGOに科し,これらが戦争資金となる. 援助機関が活動する場所では物価が跳ね上がってしまう. 国際NGOが必要とする住宅やサービスのほとんどは現地の戦争エリートとその協力者によってあてがわれる. いくつかの評価書によれば,世界中の難民キャンプに住んでいる人達の15~20%は難民戦士であり,キャンプでの食事と治療の合間に戦闘を遂行している. 難民キャンプは戦士たちを引きつける役割を果たしている. キャンプへと戦術上撤退することで,旗色の悪い軍隊や民兵組織は細かく分断されることを避けられる. そこでは資金のある国際援助機関が食糧,清潔な飲み水,医療ケア,住まい,教育,福祉を逃走中の軍隊とその家族や支持者に提供してくれる. さらに,キャンプの住民や国際NGOに「税」や「みかじめ料」を支払わせることで自分達の軍事資金を補充することができる. 援助は義務ではなく好意であって,ドナーが都合の良いときに与えるものである. 例えば2006年2月にWFP(World Food Programme)6はその年の暮れまで充分な食糧を供給するために2億2000万ドルの不足を埋め合わせるようにドナーに依頼したが,それが実現できなかった. 2万人のアンゴラ人と5万7000人のコンゴ人難民は,1日あたり必要な2100キロカロリーの半分しか与えられなかった. どの難民が低カロリー食を続けられなければならないのかの選択はWFPによってなされるわけではなく,ドナーによってなされる. WFPへの寄付の70~80%は,どこに食糧を配給し,どこにはしないかといったドナーからの明確な指示を伴ったものである. ドナーは政治的関心を持っている国や地域を選んだり,世間の関心を引きそうな好機を提供する注目すべき場所を選んだりする. しかし,飢餓や栄養不足で亡くなる人の90%は,そのような注目される場所では死んでいない. 赤十字国際委員会 ↩︎ ...